カモシカと青空 第一話「人間の土地」サン=テグジュペリ by カモシカ書店

2014年5月、大分市中央町に誕生したカモシカ書店
古本を中心としながら新刊も取り扱い、カフェとしても気軽に利用できる癒しの場。
手作りケーキやこだわりのコーヒー、水曜日のネコというフルーティースパイシーな珍しいビールもお楽しみ頂けます。
定期的に本だけに留まらない知的好奇心を刺激するイベントを開催。

そんなカモシカ書店の店主、岩尾晋作くんのコラム第一話です。
オムニバス的に一冊の本を紹介していく人生の短編集。
どうぞ、お楽しみください!

岩尾晋作くんへのインタビュー記事はこちら。

なお、紹介されている本は実際にカモシカ書店で購入することができます。
※すでに売切れや非売品の場合もありますので、ご来店前にカモシカ書店へお問い合わせください。

 

第一話「人間の土地」 サン=テグジュペリ

 

「文学なんておさらばだ。俺は魂を人生に売る!」

と私が宣言してひとりの友人と袂を分かったのはもう何年も前のこと。
場所は西荻の飲み屋だったと記憶している。

豚の肩ロースを食いちぎりながら、作家や文学青年にうんざりしていることをため息まじりに友人に告げたのには、色んな経緯があったのだが、今ここには書ききれない。

一言で言うと芸術家肌を自称する自意識過剰の青年たちについていけなくなったし、芸術なんて見向きもせずに、毎日を義務の中で、仕事の中で生きている先輩諸兄に強い共感を感じ始めていたからだった。

私はもともと詩を愛していたが詩人を愛してはいなかった。
それは果実を口にしつつ大元の樹木の世話は見ない、というような卑怯な態度なのだが、卑怯と知りつつも詩を生み出す人間たちには碌な人間がいないという認識を変えることはなかなかできないでいた。
私は放縦さでまわりの人間を傷つけながら創作する人間の気持ちがわからなかったし、そもそもそんな度胸もなかった。
ただ作品の美しさだけは感嘆せざるをえない、そんな詩がいくつもあることに勝手に翻弄されていたと言えるかもしれない。

友人はそのとき私に宮沢賢治の「告別」の話をした。

“ちょっとぐらいの仕事ができて、そいつに腰をかけてるような、そんな多数をいちばんいやにおもうのだ。”

と。さらにどんなに才能のある人物も大抵は社会生活のために自分で自分の芸術の芽を摘んでしまう、と。
非難や窮乏を恐れて凡庸に逃げてしまうんだ、と続いた。

「まあ、そうなんだろうけど…」

と私は友人の言っていることの意味はよくわかる気もした。というよりもむしろ陳腐な言い草だなとまで感じるほど、友人の主張は既に自分で何度もなんども考えたことのようにさえ思えた。

そして、宮沢賢治かーーー、とひとつまたため息をついた。
私にとって賢治もまた他の詩人と同様に、面倒な詩人であった。

ーー童貞じゃねえかーーー

と。これは冗談ではない。
賢治が童貞か童貞じゃないかという掛け合いの冗談、という意味ではなくて、詩や芸術や人生を考える上で、童貞である、というのは致命的な欠点である、という強い主張を私は本気で持っていた、ということだ。

ここで私の未熟な芸術論を書き連ねるつもりもないので一言で言うと、モテない芸術家に興味を持つのは難しい、ということだ。
(もちろんモテる芸術家にはたちまち興味を持つ、ということではない)

かつてペルシャの詩人、オマル=ハイヤームが地球の自転も公転も反転も勝手ですわ、と言ったがごとくに、美術も芸術も魔術もどうぞご勝手に。

そう、私は新しい景色が見たかったのだ。

以上前置きが長くなったが、そんな青年時代のしょっぱい時期に私はカモシカと出会うことになるのである。

カモシカとは漢字で書くと羚羊で、羚羊もただの翻訳であって、本当はアフリカの砂漠のガゼルのことだ。

サン=テグジュペリが砂漠で餌付けしていたカモシカたちが、野生への回帰本能を、成長の過程のある時期から徐々に、しかし確実に示しだす、というエッセイに私は惹きつけられた。

野生で生きるということがときにどれほど危険で、ひもじくて、惨めだとしても、アヒルが大空を翔ける渡り鳥を羨望の眼差しで見上げるように、自分の中に眠る本然(あるべき本当の姿という意味かな)に憧憬を抱くということ。この心象風景を私はひたすら美しいと思った。

自己表現の手段を鬱々と探ったり、社会の中での位置取りに云々したりするんじゃなくて、粛々と、生命を営みたい。
生命のあるべきようにありたい。
たぶん禅でいうところの「自在」というものに近いんだと思う。
それでいて義務や規律や習俗の中で、自分を鍛え完成させていくこと。
そういう気持ちが砂漠のカモシカのように私の中で大きく育っていった。

それから私はバンジージャンプをしたり北アルプスの絶壁を越えたりインドネパールをほっつき歩いたり古本屋を開業したりするのだけど、そこらへんを追い追い書いていけたらいいと思う。
とにかく、どの瞬間にも、くたくたになった「人間の土地」の文庫本が、(今だってレジの奥に)ともにあった。

 

 

「人間の土地」 サン=テグジュペリ

左:250円、右:非売品

 

 

 

ー カモシカ書店 ー

古本 新刊 喫茶

 

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月曜日

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One thought on “カモシカと青空 第一話「人間の土地」サン=テグジュペリ by カモシカ書店”

  1. 前田 まさみ says:

    はじめまして
    「国東工芸紀行」に、撃ち抜かれた者です

    童貞である、というのは致命的な欠点である
    自己表現の手段を鬱々と探ったり、社会の中での位置取りに云々したりするんじゃなくて、粛々と、生命を営みたい

    薄く深く抉られる(個人の見解)日本語の組み合わせに、魅せられています
    読破とともに、コラム読破、今後も楽しみにしています

    サンデグジュペリ、読みます

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