Pickup対談。川島茂雄×吉川緑の場合。

現在アートプラザで開催されているPickup Artist Exhibition vol.3。

参加作家である川島茂雄さん(造形作家)と展覧会のコーディネーターである吉川緑さんによる対談。

展示の際の苦悩や葛藤。アートに説明は必要か?など興味深い話満載です!

 

吉川緑(以下、吉川):どうでした、今日は?竹で箸と竹トンボを作ってみて?

川島茂雄(以下、川島):うん、楽しかった。

吉川:思ってたよりも大人の方の参加で、私は子どもが来ると思ってて、ま、箸は別なんですけど、、
結果やっぱり童心に返って遊んでたのが印象的でした。

川島:そうですねぇ。

吉川:駒の話も聞けたし、またこういうのをやっていきたいなって。

川島:いいと思いますよ。ま、当然ね、子どもさんが楽しんでもらえればいんだけど。その前に大人が楽しめば、だんだんね、子どもさんにも波及していくから。

Yadorigi編集長 一尾(以下、一尾):今のお父さん、お母さんが竹トンボを実際作ってみせたりって、ほとんどないですよね。

吉川:今、小さい子がハサミを使えなかったりとかするんですよ。
東京のワークショップした時も本当にハサミが使えないから、普段からハサミを使わせてくださいって言われて。

一尾:それはやっぱり幼稚園とかで使わせないのかな?危ないからって。

吉川:子供用の安全バサミはあるんですかど、でも大分の子はまだ使ってる方なんですけど、東京の子は全然使わないって。竹工芸をされてる方とか私たち側からすると信じられないですけど、美術の時間も削られてたりするから。

川島:生きていくのに必要じゃなくなってきてるっていう現状もあるから、あんまり一方的にどうこう言うことじゃないかもしれないけど、例えば震災とかいろんなことが起こるじゃないですか、日常生活が送れなくなってしまうような事態が。そういう時のことを考えると道具を使う知恵とかリアルにある生活を覚えておかないといけないですよね。アナログ的なね。電気が点かなくなったらとか、家が無くなったら、とりあえずシェルターを作らなきゃいけないとかいう時にはそういう刃物とか必要になると思いますよね。

吉川:私も絵を勉強し始めて鉛筆削るじゃないですか?あれでなんか初めて使い方を覚えて、、だから本当に使ってなかったなと思ったんですけど。前にここでカッターで指を切って血がドバーって出て、グッサリいったんですよ。

川島・一尾:うわぁ

吉川:だんだんパニックでフラフラしてきて。

川島・一尾:あははは

吉川:そこだけ見ると危険なんじゃないかって親御さんは思うかもしれないですけど、そうやって工夫して作っていったら愛着が湧いて1つの物を大事にしていける人になれるような気がするんです。だからワークショップも、なるべくならキットを使わずに自分の手で作れるものをしてるんですけど。

一尾:なんかでもそういう恐怖感とか痛みを味わえなくなっているから逆に、今の子は簡単に人を刺せたりするんでしょうね。

川島:そうですね、やっぱり自分が手を切ったらどうなるとか体験してないとわかんないんでしょうね。ちょっとくらい切ってもいいんじゃないかっていう気になっちゃうんでしょうね。一概には言えないけど。体験するということは必要なんでしょうね。

吉川:美術の時間ってそういう道徳に繋がってくるなって思った時にすごく面白さがわかったんですよ。高校3年間大学受験に向けての美術だったんですけど、途中で楽しくなくなってきたこともあって、そんな時に「なんでするのかな?」って思って、いろいろ長い間考えて、結局そこだけで終わってしまう物じゃなくて、自分の生活に入ってきてたんですよ、美術が。そこで自分の考え方が変わっててだんだん長いスパンですけど変われてるのがわかったので絶対必要だと思うんですよ。すぐテストの点が上がったりはしないけど、大学有利になったりもしないけど。美術とか作ったりすることは、やっぱり必要なことだなって思います。

川島:長年やってるとね、最初って自分のためって言うのが強いんですけど、続けていくためには世の中の役に立ってるか、立ってないかって言う、そういう実感が必要になってくるんですよね。そこら辺がね、未だに答えはないんですけど。ま、自分のためには絶対なってるんですよ。ただ、何が世の中のためになってるのかっていうところがね、そこが未だによくわからない。

吉川:自分の中では目標を作って達成できてたりするけど、それを外に発信した時にすぐ思ったような結果が跳ね返ってこなくて、、ピアノとかだとコンクールがあって入賞するとか、すぐあるけど芸術ってあんまりそういうのが無くて私もすごい思います。大学の時はずっとその事を考えてて、で結局この仕事をやってみようと思ったのもそれがキッカケだったんですけど。

川島:要は企画の立場だとそれが全て人のためってなるから。

吉川:そうですね、すぐ反応が得られますから。

川島:ただ実際に表現する立場になるとね、例えば今回作った作品がどういう風に世の中のために立つのかなって考えると、なかなかちょっと言い切れないっていう。。

一尾:最初の構想と違ったような話をしてましたが?

川島:うん、最初思ってた予定と違う表現になってしまったんですけど、自分の中の問題だからそんなに難しい事ではなかったんだけどね。現実的にこれを観た人が何かを感じて人のためになるかなって言うところでね、そうだ!って言えない部分があるから。それは多分、一生謎のままに終わるかもしれないですけどね。具体的にね、さっき言ったように建築家なんかは人が住むための場所を作って世の中ために立つっていう目的があって。絵画なんかは全く真逆で役に立ってるって言う部分ではあやふやだけど感動は与えるでしょうね。ただ僕がやってるような表現は感動という事でもないような気がするしね。それは未だに自分でもよくわからない。

吉川:でも、いち来場者として観た時に、皆さん完成した物を観るつもりで気合い入れて来るので、来て観て、「あ、なんか実験的なことして今回は思うようにいかなかったんだ、この方は。」って。そういうのも1個の発見じゃないですけど、鑑賞者的に言うと作品の見方の世界が1個広がったような感じをすごく受けたんですよ。

川島:あぁ、なるほどね。

吉川:川島さんが今回これをした事によって、やっぱりいろんな事に影響っていうか、出てるんだなって思って。発表する事に無意味な事は1個も無いなっていうのをすごく感じました。

川島:そういう見方をして頂ければ考える必要無いのかなっていう気もしますけどね。
自分がこういう事してみたいって時に、「ああ、そっか、やってもいんだ!」っていうふうに思う人がいたら、そういう意味で役に立つかな。展覧会っていうのは完成品っていう言い方はわからないけど、ちゃんとした価値と説得力があるようなものじゃないといけないと思ってるような人がいたら、もうちょっとリラックスして自分がやりたいと思ったら、人がなんと言おうと評価は関係ないっていう投げかけも一理あるかな。

これは失敗作なんだけどダメではないっていう気持ちはあるんですけどね。思う通りにはいかなかったけれど予想外の成果は出たかな。セレンディピティっていう映画もありましたけど、偶発的な幸福とか予期しない出逢いとか。予想通りに出来る事はそれ以上でも以下でもないんだけど、思ってもいないことが起きるというのは奇跡が起こることあれば、逆の場合もあるんでしょうけど、その方が世の中は面白いよね。

吉川:予想通りにいくと逆に面白くなくなっちゃう。

川島:これすればこうなるっていうね。

吉川:手順が決まってたりしますもんね。絵画もそうでした。人の書き方とか、花の書き方とかあるんですけど、、つまんないから。

川島・一尾:あははは

川島:そういう事が起こる確率が高いのはやっぱり冒険する時ですよね。リスクを恐れないでやるといんだけど、こうやったら上手くいかないからやめようって思ったら奇跡は起こらないですね。失敗するかもしれないけどやってみようって言う気持ち凄く良い場合と凄く悪くなったら立ち直るのに時間がかかるけど。。

吉川・一尾:あははは

一尾:偶然出来た時に「これでいっか」って思う時と「これがいい」って思う時とでは、やっぱり作品に現れてて観る人に直に伝わるなっていうのは凄く感じます。

川島:最近よく思うのは観る立場の人達、自分も含めて他の作品を見る時に本当に注意深く観ないといけないなって言うのはよく思いますね。表面的なぱっと見た雰囲気だけじゃなくて細部まで観ないとわからないって。

吉川:それ凄いわかります。展覧会作りをしているので、どういうふうにしたらお客さんが物だけ観るんじゃなくて、もっと奥の方まで観てもらえるかとか、いつも考えているんですけど凄く難しいんです。だから毎日、自分でいつもここに居て表示を変えていったりとか置く場所変えたりとか、どういう風にしたら、もっとじっくり観てくれるんだろうって考えます。

川島:今は文字で表示してあるけど、なかなかじっくり読むってことが普段の生活で無くなってきてるから、映像みたいなものだったら見る人が楽しいかもね。でもやっぱり説明は必要かもしれないですね。若い時は逆に説明はいらないと思ってたんです。

吉川:それは私も思ってました。

川島:まぁ、観ればわかるだろ、と。笑

吉川・一尾:あははは

吉川:なんて言うんですか、傲慢じゃないけど、なんかありますよね。

川島:作家は黙って作ってればいんだ、とか思ってたんだけど。

吉川:逆に説明入れるのは悪みたいな。笑

川島:でも最近はそうじゃないなって思いますよ。やっぱり言わなきゃわからない事もあるし。

一尾:アーティストって、自分が言葉で発する事の出来ない表現をモノとして排出するような感覚があったんですけど。

吉川:なんか本当の事、本当に言いたい事は言えないんですよ。それを何かの媒体に託す。でもその媒体は何を使って何を表現してるのかって言うのは説明出来る部分かなって思います。それは表面的な部分であって、でもそれは内面を知る1個の鍵っていうかキッカケで、鑑賞者にとっては。それを観る事によって謎解きじゃないですけど、その作家の深くを知ったりとか、想像出来るんじゃないかって。

川島:ヒントは必要だと思いますね。何も説明せずにただ作品があるっていうのは無理があるなって最近感じてますね。

吉川:ダ・ヴィンチコードとか流行ったじゃないですか。あれ皆、熱中したから楽しんだって。

川島・一尾:そういう謎解きみたいなのが。

吉川:だから、そういう感覚も必要かなって。

川島:必ずヒントがありますからね。ある程度、情報があって、その最低限の情報から何を探していくか。その手がかりが無いとね。何も無いと謎は解けないよね。謎っていう風に言えば、おそらくいくら話してもね。

吉川・一尾:あははは

川島:これをなぜここに作ったかって言うともう膨大な思考があるわけですよね。準備から考えると。もう大変な事になりますよ。当然、経済的な事も関わってくる訳ですよ。沢山お金を頂いて制作する場合と謝礼程度で制作する場合では根本的な計画段階が違いますからね。僕なんかはまず材料費を無料にしなきゃいけないとか。

吉川・一尾:あははは

吉川:本当、申し訳ない。笑

川島:いやいや、それが面白とこ。だから観る人がそういうとこまで謎として考えると楽しくなるかもね。

吉川:そうですね、そこまで楽しんでもらいたい。

一尾:お金無かったんだろうなぁ、この人って。

川島・吉川:あははは

吉川:結構、言われます。展覧会してたらアートプラザはお金無いのにどうやったの?とか。

川島・一尾:あははは

一尾:でも、それ最高の褒め言葉。

川島:それも謎としては面白いですよね。その辺と自分がやりたい事とのせめぎぎ合いで存在する訳ですからね。そういう謎を投げかける展覧会やっても面白いかもしれないですね。

吉川:そういうのしたいですね。したい案はいっぱいあって、でもまだ色々勉強不足で。。

川島:でもお陰様でお金はかかってないけど成功したと。

吉川・一尾:あははは

一尾:この揺らした時の感じ、好きです。ただ吊るされてる時より。

川島:これも失敗しなかったら無い訳ですから。最初は動かないっっていう計画でしたから。

吉川:来場者の皆さんは作品に自由に触っても?

川島:ぶら下がらなければ。笑。欲言えば、ブランコみたいに人がぶら下がれたら良かったんだけど、強度的に難しいかな。でも今回やったことで実験材料にもなったし、またいろんな発想がありましたよ。今まで考えてなかったような事が。

吉川:嬉しい!

川島:考え方ひとつじゃないですか。失敗したからダメだと思うのか、失敗したけど良かった事だけを考えるようにした方が結果的に良い方向に進むんだなって。今まであまり失敗した事無かったんですよ。だいたい80%以上は思い通りになったんですよ。今回、初めて全然思い通りにいかなくて。笑

一尾:貴重な作品ですね。

川島・吉川:あははは

吉川:へー、じゃあ本当に貴重な場所に居合わせちゃったんだ。

川島:今までは何も考えずに突っ走ってきたんだけど、何かちょっと考えなきゃいけない事がちょうどあったんでね。だからあえて、もしかしたら上手くいかないかもしれないけど挑戦したっていう部分も確かにあるんですよ。多少、予感としてあったんですけど、今まで成功してきたから、上手くいくんじゃないかって気もしてて。

吉川・一尾:あははは

川島:そのせめぎ合いで。でも失敗して良かったと思いますよ。

吉川:あぁ、良かったぁ。

川島:あははは

吉川:参加した出展者の方も何か得て帰って頂きたかったので。主催側ってこちらのエゴみたいなのあるときもあるので、この人呼んだら、お客さんが来るんじゃないか、とか物が売れるんじゃないか、とか。

川島:そりょあ、あるでしょうね。

吉川:でも、そればかりになりたくなくて。自分が美術をやってたからだと思うんですけど。そういうことすると美術とか芸術に対して失礼な事してるような気になってくるので。そう言って頂けて嬉しいです。

川島:ま、両方必要ですけどね。経営していく以上ね。現実として人が呼べることもやらなきゃ。

吉川:そう、それも必要なんです。

川島:それが企画する人の意義でしょうね。

吉川:頑張ります!

川島茂雄 Kawashima Shigeo

1958年 東京都出身。1977年 木製家具製作所勤務。1978年 訓練校にて竹工芸を学ぶ。1981年 同校にて非常勤講師を務める。

主な展覧会

2008年 ニューバンブー展(ニューヨーク)。2012年 竹工芸の継承と革新(大分県立芸術会館)。

2013年 大分の竹工芸(2つの道)展(ニューメキシコ/TAIギャラリー)。

他、国内のみならず海外でも展覧会多数。1990年頃まで伝統工芸作品を作り、以後2000年頃まで造形的な作品を制作。以後、主にオブジェ作品の輸出販売をする。リーマンショック、フクシマ、娘の死などの影響により現在、制作とは何か?を模索中。

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